「経験年数」って素晴らしい

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文化庁から「日本語教育人材の養成・研修の在り方について」意見募集の告知がありました。昨今、日本での日本語学校乱立に伴って、日本語教師の質が低下してきた(といわれる)ことを受けて、らしいです。

文化庁によると、経験年数0年~3年は初級で、3年以上(合計授業数2400時間以上)が中堅、とのこと。

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「経験年数」・・・。

もちろん、現時点でそれ以外に教師のスキルを図る術がないのでしょうがないんですが・・・。でも、それは前提条件として、教師の質とスキルが「経験年数」によってきちんと裏打ちされると言えればの話。

でも本当に言えるのでしょうか? どんどん時代が変わって、新しいテクノロジーも出てきているのに、何年も授業のコンテンツ変えないで(変えられないで)やっている先生、いますよね。多面的な新しい勉強(インプット)をせずに、何年も自分の研究結果だけを頼りに授業やってる先生、いますよね。

■進化が止まってしまった「経験年数」はカウントできないのでは?

もしそういうベテラン教師(中級!)に付いて、「修行」しなきゃいけない新人教師(初級)がいたとしたら、本当に不幸だと思います。才気あふれる新人教師は3年を経るまで「初級」のくくりに押し込められて、クリエイティブな可能性が台無しになってしまいます。(今から日本語教師になろうとしている優秀な人はぜひ海外に来て、思う存分やってほしいです。)

というのは、教師こそ、常に進化しなければならない仕事はないからです。

どうしたら、生徒が投資した時間とお金以上のリターンを「日本語力」として提供できるか、どうしたらできる生徒をより伸ばし、できない生徒を救ってあげられるか、どうしたらより効果的なコンテンツと進め方ができるか、・・・常に明日の授業を少しでも改善しようと思えばできるわけで、100%完成された授業は存在しないわけです。

練習問題、テスト、評価方法の改善だってやらなきゃならない。もし進化を止めてしまったら、経験年数そのものの意味がなくなってしまうんです。

だから、このエントリーで書いたように、いっそのこと、資格のある講師はフラットに扱うべきではないでしょうか。それこそ経験年数という物理時間よりも、経験単位時間あたりのクオリティ重視へと変わっていくのではないでしょうか。

■ 「で、あなたは一体何ができるんですか」という質問に答えられることこそ大事

質のよい教師を採用したいと思ったら、この質問をするとよいと思います。

「で、あなたは教師として今、できること、強みは何でしょう?」

それに対して「自分は○○年の専任講師としての経験があって・・・」のように経験年数を声高に主張し始めたら、要注意。自分が教師として大事にしているポリシーや日々工夫していること、携わったプロジェクト、今研究していることなどを挙げて、こんな風に日本語教育に(あるいはその学校)貢献できます、と答えられたらオーケー。つまりビジネスの世界と何ら変わらないわけです。

クオリティの低い教師、すなわち、経験年数だけあっても進化していないベテラン、あるいは、経験年数もなく自分のビジョンもない新人を採用しないことが、日本語学校の質向上に寄与できるのではと思うのです。

自分だって教師としての進化が止まることが一番恐ろしい。だから常に自分を客観的に見つめ、アップデートできるように心がけています。

■ 新人の可能性をもっと広げよう

日本語教師業界こそ多様な人材が必要です。国際語としての英語、中国語にひけをとらないものになるために、古く化石化した岩盤に穴を開けるようなイノベーションが必要です。そのためには、既成概念に捕らわれない発想ができ、新しいスタイルで授業のフレームワークを再構成できる新人講師こそ宝だと思います(企業を定年退職して、この仕事に寄りかかろうとする年配の方はちょっと違うと思いますが・・・)。

昨日、カリスマ美容師の方をフィーチャーした、いい記事があったので、こんなツイートをしました。

つまり、弟子制度をなくしましょう、免許があればもうプロとして扱って、自分の思うとおりやらせようということです。本当に素晴らしいと思います。新人が持つポテンシャルを最大限に引き出すために、敢えて野に放とうということです。そして先輩は技術よりも生き方(哲学)を教えようということです。

ぼくはこの考え方に大賛成です。いつまでも新人の自転車に補助輪を付けて監視するよりも、どんどん授業をやってもらって技術は自分で磨いていってもらい、より上位の教師哲学みたいなものを汲み取ってもらうほうがいい。自分も先輩教師からはその部分こそ学びたいです。

また、この方は働き方改革について、こんなこともおっしゃっています。

『僕は「自分で何か生み出したくなったときに、それに協力的な会社」を選ぶのがいいかなと思います。』

つまり個の創造性を最大限リスペクトしてサポートしてくれる組織を選びましょう、と。古い学校ではなかなか難しいと思うんですが、探せばきっと見つかると思います。採用する側と採用される側が「経験年数」という物理時間のしがらみを超えて教師としてのクオリティと働き方に目を向けるようになれば、日本語学校全体の質が上がっていくのではないかと考えています。

じゃ、またーー。

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