なかなか一筋縄ではいかない脱・形式主義。カギは20代講師に -

最近教育クラスタのツイッター界隈で少し話題になった、TV番組「奇跡の授業」でのデンマーク人カリスマコーチのコメント

全く生徒の声が聞こえない、日本の中学校の数学の授業を見てこう言いました。

- 授業がどれも一方通行に見えました

- 一方的に与えられた情報は10%しか頭に残らないと言われています

- より深く学ぶためには、コミュニケーションを大切にしたほうがいいと思います。

(9)(10)

反転授業やアクティブラーニングが注目を浴び、都立両国高校などで有名になった「教えない授業」がメディアでも取り上げられ、2020年の大学入試からセンター試験が廃止されて英語は「話す」「書く」がプラスされた4技能が測られることになる・・・

つまりウルトラがつくほど保守的で閉鎖的だった日本の教育自体も変わっていくという兆しが見えている中、やっぱりマジョリティはまだまだ従来型の授業スタイルなのでしょう。

では、どうして大半の学校では新しいことができないのか。根本的な阻害要因は、日本の形式主義にあると感じています。

■ まるで生け花か茶道のような、形式へのこだわり

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こわいのは、決してこれは公立の小中学校だけに留まらず、国内の日本語学校でも十分当てはまるのではないかという可能性です。

ぼく自身、純粋に日本国内の日本語学校で働いたことはないのですが、SNSやブログなどを通して知る限り、学校によっては(特にご高齢のベテラン教師が多数いらっしゃる学校では)そう感じます。

形式主義は本当に厄介です。また、その形式は「大リーグ養成ギブスのように」強く教師を縛り、自由を失い、動機づけを失い、やがてストレスを抱えながらジレンマと葛藤することになると思います。

まるで生け花か茶道のような、教師道です。

日本語学校が日本語教師の「お作法」を細かく規定するから、教師自身も無用な衝突を避けて【それに合わせるようになり】従来の教務主任の方がいいと思う、教師中心の授業になってしまうのではと考えられます。

普段からネットやスマホを使い、縦の壁が溶けて世界がフラットになっていくのを感じている「現代に生きる日本語教師」の方々は大いに不満を感じていることと思います。工夫できること、効率化できること、大きく変えるべきであることが目の前の情景として何かしら見えているはずです。この世界が変わっていくうねりの中で、生徒の学びに対する価値観が変わるのと同時に、学校や教師も変わっていくのが普通なのです。

■ 変化を寄せ付けないソフトウェアが組み込まれている

形式主義は失敗することを恐れます。お師匠さんから手ほどきを受けたお作法どおりにやる【生徒に業を授ける(授業)】ことが基本で、工夫はその枠内でほんの少しなら可能というように思わせてしまうのです。ですから、ほとんどの日本語教師の方々が日ごろ呟いている「授業見学したいです、情報交換したいです、セミナー/勉強会に参加したいです、教材共有お願いします、IT活用について教えてください等」という前向きな意欲や活動も、実際の授業現場では形式主義でかなりの部分、薄められてしまう恐れがあるのです。

つまり、日本語学校の見えない圧迫感・空気感に包まれながら、教務主任の教案チェックという【関所】で大胆な工夫が召し上げられ、お作法に適った「ほんの少しの工夫(しかも教務主任が理解可能なもの)」だけが通行手形として有効になってしまうかもしれないのです。

築き上げられたシステム、変化を寄せ付けないように設計されたソフトウェアで稼働する、恐るべき形式主義。

デンマークのカリスマコーチから「授業が一方的。これでは情報が生徒の頭に残らない。」と言われても、なかなかすぐに変わることは難しいでしょう。何かいい方策はないのでしょうか。

■ 20代の人たちでつくる、新しいスクール(を応援したい)

クレイトン・クリステンセン教授によれば、破壊的イノベーションは、「無消費層」に今までとは異なる解決策を投じた場合に起こる、ということです(「教育 × 破壊的イノベーション」)。

つまり現行の国内日本語学校が回しているコアビジネス(<アジアから出稼ぎに来ている>留学生を対象に、経験のある講師が伝統的なお作法で提供する授業)とは、全く異なるエリアで全く新しい日本語学習を提供することができれば、脱・生け花型のイノベーションが起こる可能性大です。

出稼ぎ留学生以外の層に、若手の講師が、新しい形で学習サポートする・・。

最近、ある20代の国内日本語講師の方がこんな情報交換会を企画されていました。

20代

結構共感を得て、続々と集まってきているみたいです。こういう取り組みを本当に応援したいと思います。文面を見れば、20代講師の方々の思いがとてもよく伝わってきます。

要するに、経験、知識、情報量などの格差をもって、ベテラン教師にマウンティングされたくない、もっと新しい日本語学習を考え、実践していきたいということです。

まずは情報交換、ディスカッションなどされると思いますが、ゆくゆくは実際に20代講師だけの学校を作ってほしいなとも思っています。

例えば、SkypeとFace-toFaceの組み合わせ方式で、場所をWeWorkなどのコワーキングスペースの会議室を必要な時間だけレンタルすることでぐっとコストを抑え、生徒募集はFacebook。

そしてITを駆使して、20代講師の方々の理想とする授業をぜひ実現してほしい。

ぼくも、もし自分が日本で何かスクールをやるとしたら、と考えを巡らせながら順次アイデアを練って発信していきたいと思います。じゃ、またーー。

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