語彙と文型の習熟は、先取り+「ちりばめ効果」でじわじわ、何度も。

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どうも、ぬの★セブです。

最近、語彙と文型の「ちりばめ効果」について、確信したことがあって、今日はそのことについて書いてみたいと思います。

たとえば、教室の窓の外を見ながら、表現のバラエティーを増やしていく

ちょうど先週の授業のとき、こんなことがありました。ゼロ初級から初めて2か月、「まるごと」も<入門A1>から2冊目の<初級A2>に移り、トピックは第3課& 4課の「きせつと天気」。

Can doとしては、主に

  • 季節の変化についてかんたんに話せる
  • 天気ついて話して、あいさつをする

を設定していて、その中でひとつ、使う文型として「暖かくなります」「春になります」がありました。ただ生徒はみないつも普通に使っている表現なので、何の違和感もなくすっと発話できていました。なぜなら、初級最初のころから、教室ことばのひとつとしてみんなで使い込んでいるからです。

セブは南国らしく、ザーッと雨が降ったり、カーッと思い切り晴れて日差しが強くなったり、授業中にも天候がころころ変わります。教室の窓の外を見ると、たくさん表現の素材がころがっています。

初級でも単に「暑いです、雨です」だけじゃなくて、『ああ・・だんだん暑くなってきましたね』とか、『もうすぐ雨になりますよ/雨がふると思いますよ』など、いくつかのバリエーションを使って表現するのです。もちろん日々使っていると生徒も慣れてくるので、次第に使えるようになります。

そして「げんき」で再び邂逅

「まるごと」の後、ダイアローグ練習のサブテキストで使用している「げんきⅠ」で、第10課「冬休みの予定」を使いました。

冒頭に、「寒くなりましたね」が出てきます。もちろん既になじみがあります。そのほかにも初級文型としてはいろいろ組み込まれている、いわゆる《インプット洪水》ダイアローグとなっています。

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例えば、「~行くつもりです」。これは「みんなの日本語(文型シラバス)」だと、「V普通形+つもりです」ということで文型的にハードルが高い?と考えられているのか、学習項目としては後半のほうに追いやられてしまっています。

でも、初級日本語の授業では、かなり前半で、日々や週末の予定を話すトピックが出てきます(どんな教科書でも何かしら近いものが出てくると思います)。もちろん何をするか決まっていれば、答えは「~をします。」でもいいのですが、全部が全部、予定が明確なわけではないので、当然生徒は “Maybe…I guess –”とか、“I’m planning to –”とか言いたいわけです。

そして、ここがチャンス!なのです。

すかさず、「たぶん行くと思います」とか「行くつもりです」とかをタイムリーに紹介してしまうのです(細かい文型の説明はしません)。そしてそれ以降、《教室ことば》として付け加えて、日々繰り返し生徒との会話の中で使っていきます。表現の使い分け方も、生徒の実話に基づいて練習します。

生徒が「言いたい!」と思ったときこそチャンスなのです。文型の難易度関係なく・・。講師のほうがあまりに出し惜しみすると、逆に生徒の願ってもない学習機会を奪ってしまうことにになりかねません。

いずれにしても、講師が【先を読んで】教室ことばにちりばめていくと、生徒はだんだんと知らず知らずのうちに習熟してきます。幸いにも先週のクラスでは、生徒たちはダイアローグの中の「行くつもりです」も、「と思います」も、表現としては《既習》と認識していたと思います。

語彙と文型の「ちりばめ効果」とは?

改めて、語彙と文型の「ちりばめ効果」とは、こんな感じです。

要するに、教室で使えると便利な表現や、生徒が思わず使いたくなる表現を

  • 教科書に出てくる時期や順番などに関係なく、
  • 講師がうまく先取りして、
  • クラス内でみんなで積極的に日々使うことで、スパイラル習熟を図ろう!

ということです。

狙いは -《表現の自然な定着と、生徒自身の成長実感効果》

つまり、教科書の新しい課のページを開いたときに、生徒に「あれ? この表現、知ってるかも・・あれじゃない? この語彙も聞いたことある! おっ・・なんかけっこうわかるかも!」と感じてもらうことです。

生徒自身がそう感じられることはとても大きいことです。自身で成長を実感でき、初めて学ぶ課でもストレスなく逆にもっと深く知ろうとする動機づけも生まれてきます。さらに、うまくハマったときは、ちょっと難しめの初見の動画や記事の教材でも、この「けっこうわかるかも!」を感じてもらえることがあります。

この、ある意味《ポジティブな錯覚》を作り出すのが、「ちりばめ効果」です。文型難易度などの理屈ではない、日常的によく聞いたり使ったりする表現こそ身に付く、というシンプルなロジックです。

講師こそ、『虹をかける』仕掛けができる

ぼくがこうして、先取りして「ちりばめる」ことを積極的にするようになったのは、【文型も語彙も、そう簡単には積みあがらない】と考えているからです。

当たり前のことですが、外国語は、何度も何度も何度も・・・使うことなしに身につけることは不可能です。第20課、はい、じゃ、次 ⇒ 第21課・・・と次々に課ごとに新出の学習項目を提示し続けても、よほどの生徒じゃない限り、記憶から消えていくいっぽうです。

逆に生徒に「覚えなきゃ、覚えなきゃ、あ、また新しい文型が出てきた、あ、また新しい動詞の活用が出てきた・・今週の金曜日、テストだ、どうしよう・・」というストレスがかかってきます。そしてもちろん、この情意フィルターは習得の妨げとなります。

そこを一番うまくガイドしてあげられるのが講師ではないでしょうか。教科書や副教材含めて、カリキュラム全体のコンテンツを把握して先を見通せば、さまざまな表現や語彙が、場面に紐づいて、いわば、虹のように浮かび上がってきます。

それらを表現のバリエーションとして、タイムリーに紹介し、テストに出すわけでもなく、覚えるよう強制するわけでもなく、日々似たような状況で繰り返し使っていくのです(ちりばめる)

いずれは教科書や教材でその語彙や表現に出会うのです。それを一番よく知っているのは講師です。であれば、(情報量を適度にコントロールしながらも)先取りして何度も出会う仕掛けをつくって、ストレスを減らし、生徒をソフトランディングさせることができるのも講師だと思うのです。

そしてこれは『行動中心アプローチ』の授業だからこそ、やりやすいのだとも思います。その行動を達成する上で必要なのであれば(生徒が言いたいことなのであれば)、文型や語彙も未習・難易度問わず、迷わず導入します。

この習慣が活きてくると、生徒も日本語を勉強する対象の意識が行動や場面により向いてくるようになり、「教室ことば」としてみんなで使う表現も自然となじんでいくものです。

じゃ、またーー。

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