どうも、ぬの★セブです。
ゼロ初級4か月タームのコースがちょうど先月末で終わって、生徒全員にJLPT N4の模擬試験を受けてもらったところ、予想以上にいいパフォーマンスを出してくれました。
教科書は行動中心アプローチの『まるごと』(国際交流基金)を全面採用しつつ、基本的に《知識を問う》JLPT模擬でもそれなりに「いい結果」が残せたということでかなり手ごたえを感じています。
今回は、このコースを通しての気づきや見えてきた課題などをまとめて記しておきたいと思います。
どんな環境、条件だったか?
学習者たちのプロファイル:
日本で働きたい、在セブの日系企業で働きたい、会社に日本人のお客さんがよく来る、日本人の彼女・彼氏・友達がいる、単純に日本の文化やポップカルチャーが好き・・などなど、動機はさまざま。昼間はみな仕事をしている人たち(20代~30代前半)です。
何人かはランゲージエクスチェンジに参加した経験があったり、スマホアプリを使って「ひらがな」の読み方や簡単な「表現」を知っていました。ただ基本的に《ゼロ初級》と言っていいと思います。
学んだ日程は?:
毎日、月曜日から金曜日までの夕方 18:15-20:15の2時間 × 4か月 = 計160時間です。
使った教科書は?:
『まるごと』入門 A1 かつどう、と『まるごと』初級1 A2 かつどう、の2つです。この2つを軸に、様々な補助教材を組み合わせていきました。(『まるごと』りかい、は使用しませんでした。)
講師は?:
フィリピン人の先生3名(メイン)とぼく(サブ)です。ぼく自身は週1~2回だけの授業だったので、フィリピン人の先生たちに負うところがとても大きかったです。
うまくいった、さまざまな要因(Key Success Factors)7つ
ちょうど先週、フィリピン人の先生たちと振り返りミーティングを行いました。その結果もふまえて、どうしてうまくいったのか、を簡単にまとめてみたいと思います。
1. 散りばめカリキュラム
もともと、ぼく自身、この学校には『カリキュラム/レッスンアドバイザー』という形での嘱託契約で参加しました。ですので、講師というより、カリキュラム全体の立案と日々のフィリピン人講師の方々のレッスンコーディネートが主の仕事でした。
カリキュラムの基本的な考え方は、
- 最初の3か月: Can doを着実に身につけながら、4技能向上の基礎をつくる
- 最後の1か月:JLPT N4受験のテクニックを身につけ、制限時間内に問題を解くことに慣れる
です。全体カリキュラムコンセプトのイメージはこちら⇒(参考記事:追記でお答えしました:『行動中心アプローチ』の授業 #日本語教師チャット)
そして、日々の授業では、常に4技能を刺激するタスクを散りばめました。ですので、1日2時間の授業では、「まるごとの第〇〇課をおこなう」だけでなく「聞いて、話して、読んで、書いて」が起こる仕掛け(+の活動など)を施しました。
また一週間の中でも、教科書から離れてリスニングとスピーキングを集中強化する時間があったり、読解や多読の時間があったり、語彙のゲームがあったり、ペア会話スキットの作成・発表や漢字コンテストがあったりなど、飽きさせない、なかなかカラフルな構成だったと思います。
2. なんといっても、教科書!
使用したメインの教科書『まるごと』(かつどう)のメリットは大きく3つあると思っています。
- つねに視覚(カラービジュアル)から入れる(スキーマの活性化)
- つねに聴覚を刺激しながら学べる(インプット量の確保)
- つねに学びに文脈がある(先に「達成したい行動」がある)
この3点セットのエンジンが、生徒たちの学習意欲を盛り立て、維持していけた、と思います。文字ばかりの文型積み上げ式教科書に比べ、学習者の心理的負担がほとんどなく(ページを開いた瞬間から違います)、豊富なカラー写真をもとに《雑誌を見るように会話を発生》させることができます。
また、JLPT N4模擬試験でも格段に「聴解」のスコアがよかったのも、『まるごと』で豊富に用意された《聞きながら学ぶ》スタイルでインプット量を確保できたことが大きな要因だと思います。
3. フォーカス・オン・フォーム(FonF)
授業のすすめ方は、かなりフォーカス・オン・フォーム (FonF)を意識したものにしました。
当初、フィリピン人講師たちからも「『まるごと』では内容が薄いのでは?」とか「行動中心アプローチでは、JLPTに必要な知識をつけるのは難しいのでは?」という声も確かにありました。
行動中心アプローチでは、文法の知識や文型の応用などについては、様々な行動を通して《らせん上に習得していく》ということなので、それなりに時間も要します。
そこで今回は、『まるごと』ファースト + 文法を横串に学ぶ副教材セカンド、というハイブリッドで構成して、いわばフォーカス・オン・フォーム (FonF)のスタイルですすめました。
授業の9割を「行動中心アプローチ」ですすめていく。残り1割を「形式に着目」し、ドリルなどを通じて知識を整理していく。
これを全ての講師と共有して続けたことが大きかったと思います。
4. 動詞は全て《辞書形》から。動詞活用は九九のように毎日練習。
『まるごと』でも、動詞を使った表現は「~ます」形で提示・構成されています。ただ、ぼくたちのこのコースでは、必ず《辞書形を先に》提示したうえで、《丁寧表現として「~ます形」がある》ということを理解してもらいました。
これは、
- 日本語は、相手や場面によって言い方の使い分けがあるということ
- 動詞のオリジンは《辞書形》であって、そこから様々な活用形があること
- ます形以外(辞書形、ない形、て形など)で接続する表現が多数あること
を最初から知ってもらいたかったということです。
そして全体像を示したうえで、動詞活用は九九のように毎日2~3分、みんなで暗唱しました。また、グループ分けなども動詞カードを使ってコンスタントに行いました。これによってかなり早いうちから動詞活用に習熟していったと思います。
【参考:「ニュー・システムによる日本語」】
5. 学習者同士の自主的スタディグループと、グループチャットの活用
ゼロから4か月でN4レベルまで到達することの大変さは初めから学習者と共有していました。ただ、敢えてドリル型・タスク型の宿題はゼロにしました。なぜなら、その大変さを補うように講師がどんどん宿題を出して学習者がストレスを感じるということを防ぎたかったからです。
そのかわり、学習者同士が自主的にスタディグループをつくり、授業前や週末など集まって勉強している様子が伺えました(実はこれが一番効果があったのかもしれません)。
講師と学習者メンバーで構成するグループチャット(Facebook Messenger)もかなり頻繁に活用しました。学習者がビサヤ語や英語で何か書き込むと、すかさずフィリピン人の先生が「日本語で書いてください:)!」と返したりして・・、日常の他愛もないことから授業の質問まで(つたないながらも)次第に日本語で行われるようになりました。
宿題ゼロといいつつ・・、ときどき《書かない課題として》「来週の月曜日までにハンドアウトのこのパラグラフを音読してスマホで録音して、グループチャットに投稿してください。」などを出すと、学習者が投稿した音声を他の学習者が聞いて「〇〇さん、はつおんが とても じょうずですね!」等コメントしたりなど、インターアクションがありました。
グループチャットで教室を仮想的に拡張できたことも大きかったと思います。
6. 漢字の攻略
非漢字圏のフィリピンでは、みな漢字が大の苦手。でもここを何とか乗り切らないと、語彙力がなかなかつかず、とにかく文章を読む(理解)するのに時間がかかってしまいます。また苦手意識そのものがストレスにもつながります。
そこでこのコースでは、「漢字は【書けなくてもいい】」と大胆に宣言し、そのかわり、「見て理解できるようにしましょう」ということにしました。つまり、漢字の勉強を「書く」から⇒ 「意味と形を認識できる/読める」という方向へシフトしたのです。
具体的には、漢字を完全にパーツ化・パズル化し、その意味とストーリーをまず理解する。そして読み方(音読み、訓読み)を覚え、ほかの漢字と組み合わせた熟語をセットで語彙として増やしていく、ということにしました。
とにかく漢字はいつも文字カードのパズルを使ったコンテストや、ストーリーのQ&Aグループワークなどを行い、テストも読みだけに限りました。4か月間で読めるようになった漢字は200+程度ですが、それでも驚くことにほぼ全ての学習者が漢字を好きになり、苦手意識を取り除けたことはとてもインパクトがありました。おかげで文章(たとえば読解の本文だけでなく、問題文や選択肢なども)を読むスピードが格段に上がりました。
7. ノンネイティブ講師の活躍
授業ファシリテートという意味では、メインで担当した3人のノンネイティブ講師の方々の存在抜きでは語れません。3人のうち2人はセブの大学でも日本語を教えている若い先生です。
最初、『まるごと』に慣れるまでは数日ぼくが授業を行って見学をしてもらいましたが、先生方はすぐにコツを掴み、メインで授業を担当するようになりました。(※実は『まるごと』は教科書に沿って授業を進めるだけで形になるので、初めてでもとても使いやすい教科書です。)
そして母語(ビサヤ語)で授業が進められるというのは、当然のごとく、ものすごく、圧倒的に効率がいい!! おそらくぼくが英語で行うのに比べても20%~30%高効率だったと思います。
3人とも日々の連携や引継ぎがとてもよくできていて、日々の授業の連続性をうまくキープできていました。もちろん教師としても優秀で、大学で教えているだけあって、文法の説明や生徒の評価方法などについては、ぼくもかなり勉強になりました。
今後の課題とチャレンジ
生徒たちが予想以上のパフォーマンスを出してくれていることで、関係者全員モチベーションも上がっているのですが、その反面、やはり課題も見えています。
話す力はまだまだ - 文法の応用について
『まるごと』含めた大量のインプットによって、特に「耳(聴解力)」が際立ってできているのは事実なのですが、やはりまだ口頭でやり取りする上での物足りなさは感じます。
生徒曰く「先生の言ってることは(聞いて)だいたいわかる、でもどうやって返していいかわからないんです」と。つまり、自分の中の文法を応用して、その場にふさわしい文を即座に組み立てて発話するのに時間がかかる、と。
『まるごと』で達成できるようになったCan doは入門A1 (18課)+初級1-A2 (18課)で、計ざっと36アイテム。毎週Can doアセスメントをしていたとはいえ、もちろん、全てがきれいに定着しているわけではありません。
また、フォーカス・オン・フォームの視点で形式にも目を向けていたとはいえ、Can doから付随的に学んだ文法項目を取り出して《応用してアウトプットする》練習は確かに不足していたと思います(話す・書く両方とも)。
ですので、今後は、「行動中心アプローチ」の枠組みをしっかりキープしたうえで、
- いかに《自然に》形式面の応用を促すアウトプットの練習を組み込めるか
- いかにCan do における表現の広がりをもたらせるか
をカリキュラムレベルで反映させていきたいと思います。もちろん、SNSを駆使して積極的に外(の日本語話者)とつながることも授業テーマに組み込んでいくつもりです。
またフィリピン人講師からは、「対話形式だけでなく、ある程度の長さのモノローグ(独りで話し続ける)をCan doアセスメントに入れたい」という提案もありました。これもいい提案だと思うので、ぜひ反映させたいと思います。
最後に
いずれにしても、わずか4か月でここまでできるようになってくれたというのは、ミラクルですし、生徒たちの優秀さにただ驚くばかりです(しかも、みな昼間は働いている社会人!)。
授業の改善・工夫に終わりはありませんので、さらにもっといいコースになるよう、楽しみながらブラッシュアップしていきたいと思います。
また、これは現時点でのセブの学校での一事例に過ぎませんので、決してこのやり方がベストというわけではないと思いますが、何か少しでも日本語教師の方々のヒントになれば幸いです。じゃ、またーー。
《参考》今回のコースで使用した、主な副教材群