2か月間、日本語を完全シャットアウトしたとき、自分に起こったこと。-そして読むこととは。

どうも、ぬの★セブです。

最近、改めて語学ってスポーツや楽器に近いんだなあと、ひしひし感じています。

「(頭で)わかる」と「(実際それが)できる」というのは、とてつもなく大きな違いがあって、結局は《実技を通して型や理論を学んでいくこと》でしか、本当に身につけることはできないのだと思います。

そしていったん身につけたスキルでも、一定のインターバルが空いたとき - 例えばかなり久しぶりにテニスをする、何年ぶりかに車を運転する、高校生のとき以来でギターを弾くなどの場合 - 「その感覚を取り戻すのに少し時間がかかった」という経験を多くの方がされているのではないでしょうか。

それほど、身体を使ったパフォーマンスというのは、常に触れながら実際に身体を動かし、自分のものとして馴染ませていく(馴染んでいる)ことが大事なのだと思います。

外国語も、特に話すときは自分の口の筋肉、舌、声帯を動かしますし、同時に聞くときもその言語独特の周波数で聞き取れるという、半ば運動的スキルが求められます。(自分の話す外国語の音が自分の骨を伝わって耳に聞こえてくる、そのものに慣れることもまた大事ですよね。)

本当に、久々に話す第二、第三言語というのはなかなかうまく出てこなかったりします。

では、母語はどうでしょうか。ぼくにとっては「日本語」。母語ならそう簡単に忘れることなんてないでしょう?と思うかもしれません。

もちろん、日本語は自分そのものなので、もちろん忘れません。でも使わなければ下手になる可能性もあるのでは? ・・・今日はそのことが実際に起こった自分の経験を書いてみたいと思います。

2014年、オーストラリアで100%英語の生活をスタート

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今から5年前、会社員を辞めてオーストラリアに渡りました。とりあえずそれまでの「働き続ける」生活をゼロリセットして、次のステップを一から考えるのに環境を変える=海外がちょうどいいと思ったからです。

最初の数か月、朝から午後過ぎまで街の英語学校に通う毎日。

Advanced – IELTSのクラスメートには、イタリア人、スペイン人、スロベニア人、コロンビア人、ブラジル人、モンゴル人、そしてぼく(日本人)。休憩時間も含めて、必然的にコミュニケーションは全て英語です。

住んでいたところはシェアハウスで、シェアメイトは中東出身のフィナンシャル・コンサルタント、MUHAMMAD。彼はIELTS 8.5というネイティブ並みの英語力で、オーストラリアの大手コンサル会社に勤めるビジネスマン。

ぼくたち2人とも音楽が好きで、特にMUHAMMADはアマチュアロックバンドのギタリストでもあったので、夕方部屋に帰ってきては、お互いの好きな音楽をかけたりギターを弾いたりしながら、ビール片手に延々と話をしたものです。(このときの英語での会話はとてもいい勉強になったと思います)

そんなこんなで朝から晩まで英語漬けだったわけですが、もうひとつ、今になって振り返ると【際立って特徴的だった】と思える要素がもうひとつあります。

日本語を読まなかったこと

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ぼくはSNSに関しては遅咲きで、ツイッターは当時アカウントを作ったものの全く運用しておらず、LINEもほぼ使っていなくて、Facebookに至っては、2014年にオーストラリアに行ってから初めてアカウント作成したという始末。

そのためFacebookでつながっていく友人はみな英語話者ばかりで、タイムラインはほぼ英語(ときどきスペイン語かポルトガル語)で埋めつくされていた感じでした。

その流れもあって、チェックする動画やニュースは自然と英語のもの。英語のコンテンツに触れ続けていることが心地よくて、自分一人のときも日本語のコンテンツにアクセスすることはありませんでした。

本も、荷物を減らすため日本からは1冊も持っていかず、オーストラリアの古本屋で手に入れたペーパーバックが2冊だけ。何か読みたくなったらいつもそれを読んでいました。(kindleを買ったのは2016年のこと。)

そしてよく見たTVドラマは当時流行っていた「Big Bang Theory」を英語字幕ONで。

つまり、何が言いたいかといいますと、耳だけではなく、目から入ってくる情報に《全く日本語がなかった》ということです。日本語を全く読まなかった、ということです。

意図的にそうしたわけではありませんが、結果的にそうなっていったのです。それが約2か月続いたのでした。

そして、ある日のことです。

母親から電話がかかってきた、そうしたら・・・

学校が終わってから、いつものようにクラスメートと飲みに行きました。そこへ電話が鳴ります。画面を見ると、+81・・・国際電話、日本から。

電話に出ると、母親からでした。もしもし・・。懐かしい日本語の声が聞こえます。「あ、うん・・・。」

・・・ 要件は、日本の実家に自分宛てに何か荷物が届いたかなんかという知らせだったのですが、このとき、最初の1分間、自分に起こった現象はこうです。

《あ!日本語! もちろん母親の言っていることは100%わかる。でも、自分の口からうまく日本語が出てこない。あれ、あれ?・・なんで? なんか言いたいのに、言葉が出てこない。うまい言い回しが全然出てこない。そして簡単なあいづちをひたすら繰り返すのみ・・。》

何年も日本語を使わなかったわけではありません。たったの2か月です。でも、事実うまく応答して自然に言葉が出てくるまで、1分間のアイドリングが必要でした。

あんな感覚は初めてです。今も海外に住んでいますが、現在は日本語教師という仕事柄、毎日日本語には触れているわけで、まるっきり第二外国語オンリーの生活というのは、あの時のあの2か月だけ。とても貴重な経験です。

さいごに - 読むということ

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母語でも使わないと錆びつくという小さな経験。やっぱり言葉というのは、読み・聞き(インプット)、話し・書く(アウトプット)という出し入れをする基本的な日々のエクササイズ(=手入れ、とも)が大切なのだと思います。第二言語なら、なおさら。

使わないとその言語の扉がきしんできて、その先のいろいろな言葉の引き出しも開きにくくなって、いずれその通り道自体が草ボーボー生い茂る険しいジャングルのようになってしまうのかもしれません。

そして、今自分で振り返ってみて、一番(マイナス?)インパクトがあったと感じるのは、日本語を全く読まなかったことです。

逆に、語彙コントロールなしで日本語を話すことがめったにない、今のセブでの生活でも、普通に日本語の力をキープしているのは、本やSNSなどで常に日本語を読んでいるからなのかもしれません。

実際、最近読んだnoteで、ロサンゼルスで8か月間、一切日本語の記事を書かなかった「えとみほ」さんが日本語力をキープできた(上達した)のは、日本語の本を何回も読んでいたからだと書かれています。

この2冊の本だけを読経のようにひたすら読み返すという生活を経たのちに、日本の出版社から記事を1本書いて欲しいと言われて書いてみたところ、もう長らく日本語を書いていないにもかかわらず、自分としては思いのほかうまく書けたのだ。

その時「あれ?もしかして日本語上達してる?」と思ったことは記憶している。自分でも違いがはっきりわかるほどだった。

私が「書く力」を身につけた(と思われる)方法を紹介します - えとみほ(江藤美帆)

そう考えると、読むインプット、それも良質なインプットを続けるというのは、ものすごくものすごく大事なんだなあと改めて思うわけです。

本当に草花にとっての太陽や水のような養分なのだと。

スポーツや楽器のごとく実技スキルでもある語学。

読む、読める、読み続けることから上達の道が開けるのかもしれません。そして読むことに楽しみを感じられれば、いつまでもより楽しくその語学と付き合っていけるのだと改めて思ったしだいです・・・。

【追記】当時、何か月も日本語を読まない生活を続けた後、たまたま知り合った日本人からもらった文庫本の小説を読んだときの衝撃的な感覚。ページからブワーッ!とシャワーを浴びるように日本語のかたまりが、しみ込むように心地よいスピードで入ってきました。あれも忘れられない思い出です。

じゃ、またーー。

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