どうも、ぬの★セブです。
日本語教師という仕事は、日々、母語/非母語という接点に近いところで仕事をしているということもあって、何らかの形で外国語(の学習)に興味を持たれている方が多いのではと思います。
そしていくつかの外国語について勉強を始めたり続けていたり、またはかなりのレベルまで達していたり、バイリンガルやマルチリンガルの方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。
ぼく自身も、外国語を学ぶことはもちろん、(星の数ほども存在する・・)「学び方」をあれこれ知ることが好きで、いろいろな記事を好んで読んだりするのですが、この週末またひとつ興味深い動画を見ることができました。
ハワイで日本語教師をされている、Elena Yoo 先生 @yoo__senseiが共有してくださった、1本のYouTube動画です。
動画主は、米カリフォルニアのOrange Coast College 教授のJeff Brown氏です(専門はスペイン語)。
Brown氏は、母語の英語、専門分野のスペイン語に加え、イタリア語、フランス語、ベトナム語、中国語(Mandarin)の6か国語を話すことができます。
そして今回、英語母語話者にとって最も習得に時間がかかると言われている「Level 5」にあたる外国語のひとつ《アラビア語》を、1年間で習得するというドキュメンタリーです。(※ちなみに「Level 5」には、アラビア語のほかに、日本語、中国語、韓国語も挙げられています)。
基本的には、有名なクラッシェンの5つの仮説に基づいて、ゼロからアラビア語を《意識的にLearn(学習)するのではなく、無意識にAcquire(吸収・習得)する》という流れに沿って進められています。
動画には、クラッシェンもたびたび登場します(ちなみに、ぼくはこの動画で初めてクラッシェンが話すところを見ました・・・勉強不足な日本語教師です・・)。
もちろん外国語の学び方として何がいいとか何が正しいとかは一概には言えなくて、多様な人が多様な目的とゴールで外国語を学ぶ以上、ひとつだけの正解は存在しないし、むしろいろいろなやり方があるから面白いと思っています。
それでもやっぱり実際に成し遂げた方(評論家ではなく)の話は何かしら心に留まるところがありますし、新たに問いを立てたり、気付きを得たりするのはとても勉強になります。
ということで、この動画(57分)で自分なりに響いた点をいくつか書き留めておきたいと思います。
最初から文法の勉強をしたら、台無しになる。だから、文法の勉強はしない!
外国語を《意識的に明示的にLearn(学習)するのではなく、無意識にAcquire(吸収・習得)する》というこの動画のコンセプト。・・・最初に出てくるのが、文法に対する問題提起です。
Brown氏が、アラビア語を習得するにあたって宣言したのが、「最初から文法の勉強をしたら、台無しになる。だから文法は勉強しない。」ということでした。
ある意味、【劇薬】のメッセージかもしれませんが、ぼくにはとても腑に落ちることでした。
Brown氏いわく「もし文法をひたすら勉強したら、話すとき【文法】を最初に考えてしまう。これが非常に問題。自然に言語を産出するための大きな障壁となってしまう。」とのこと。
クラッシェンが提唱するモニター仮説そのものです。当のクラッシェンも動画に登場し、こう言っています。
学校では文法に多くの時間を割き、文法テストを行い、上級レベルの学習者も含めたくさん文法を勉強している。しかし、例えば、何か心に浮かんだことを言おうとしたとして、じゃ言う前に《その文をくまなく点検して、学んだ文法ルールに照らして正しさをキープしてから言おうとする》することは、とてつもなく難しい。
確かに、いつも文法ルールのことばかり先に考えていたら、外国語を話すのは難しいと思います。文の組み立てやら文型やら動詞の活用などを頭の中で考えすぎて、会話の中でどんどん置いてきぼりになる・・・多くの方が一度は経験されているのではないでしょうか。
あるいは、意識の問題なのかもしれません。学んだ文法知識を使ってみようとすること(あるいは披露すること)のほうに意識が向いていると、言葉を交わしながらのコミュニケーションという流れから分断されてしまう、というような。
改めてやっぱり意識としては、《意味理解と文脈が先》なのだと思います。母語でも第二言語でも同様に。
Brown氏は、文法について「《流暢》になるまでは、文法を勉強するのを待って下さい。それか、したとしても、1日に1分か2分、文法説明をチラ見する程度にとどめておくことをお勧めします。」と言っています。
つまり、文法は大量のインプットから自然に習得する、だからむしろそうしたい、ということです。
この点はすごく賛成できますし、理想的であると思いますが、その反面、日本語学校で学習者がJLPTなどの試験対策を必要とする限り、「ゼロ」にするのは難しいのが現状です。
とはいえ、でもそこをなんとかうまく工夫して「学習者を文法にとらわれないようにする」というのは、ぼく自身ここ1年ずっと力を入れていることでもあります。(参考記事:第二言語習得における大きな転換点 - 「文法を教えない授業」をとことんやりきってみたい(2018年3月25日))
Comprehensible Input
そして、言語を習得するうえで最も重要だと主張されているのが、Comprehensible Inputです。
SLAの本や、クラッシェンの仮説などに触れた記事などの多くが「Comprehensible Input = 理解可能なインプット」と訳されていますが、少しことばを足して『【相手の意図や文脈を理解できる】インプット』というほうが、なんとなくしっくりきます。
単純に「理解可能なインプット」というと、学習者がわかる(=既に知っている)語彙や文法だけに絞ったインプット、というニュアンスを感じます。でもそうではなく、写真、映像、画像、イラスト、ジェスチャー、表情、声のトーンなどをうまく併用しながら、話者の発話意図(+場面/文脈)を理解できるように構成したインプット、というほうがよりComprehensible Inputのニュアンスに近いのではと思うのです。
雑誌と絵本
Brown氏がComprehensible Inputの流れですすめているのが、雑誌と絵本です。雑誌はたくさん写真が載っていることと、自分が覚えたい200-300の頻出単語や表現が使われていることを挙げています。
Brown氏は(自分の好きな分野の)雑誌の写真を使って、Yes/NoのQ&Aや5W1HのQ&Aを行うことをすすめています。また実際、アラビア語を学ぶにあたって、インストラクターにそのように依頼してレッスンをすすめていました。
そして絵本。これも言うまでもなく、絵が大きくて、文字が少ないことを挙げています。絵本の絵はストーリーを表しているものなので、理解の補助になるとともに、描写したりQ&Aしたりする練習にもなるということです(⇒ ビジュアル・ストーリーテリング)。
実際、前に授業でペア読書をやったとき、文字よりも「絵」を中心にストーリーを理解し、対話している様子がうかがえました。
間違えをいちいち修正しない
全てのインストラクターにお願いしました。間違いをいちいち修正しないでくれ、と。なぜなら、間違い修正は、機能しないからです。基本的に意味がない。時間のむだです。
これも【劇薬】のひとつかもしれませんが・・・、Brown氏が求める習得のし方は、子供が自然に学ぶように外国語を習得したいということなので、理解できます。
間違い修正をどうするかは、多くの語学教師にとって意見が分かれることかと思います。いつするべきか、どうやってするべきか。
ぼくは、Brown氏ほどではありませんが、基本は、間違いはスルーして学習者にはどんどん話してもらい、ある程度のタイミングで暗示的にサマリーリキャストする(教師側が学習者の話をまとめた形で正しい文で言い直す)というスタイルをとっています。
そしてもし学習者個別に間違いの《クセ》が発見できたときは、こんどは明示的にヒントを出しながらこちらから言い直しを促すこともありますが、まれです。
確かにたくさん正しい文を聞いていく中で、学習者の間違いはだんだん自然と直っていく(自然治癒?自己修正?)されていくケースがほとんどなので、あとは教師側が長い目で待てるか、許容できるか、ということなのだと思います。
クラッシェンも動画の中で述べています。「間違い修正は非効率です。すごく簡単なルールでしかも学習者がちゃんと理解していることならまだいい。しかし、話の途中でいちいち間違いを指摘されて、ああそうかと、その場で頭でわかったとしても、またそのうちフェードアウトして消えてしまう。この繰り返しです。」
スピーキングはどのように身につけたのか?
Brown氏は、アメリカで9か月、そしてエジプトに行って3か月、計1年の習得期間を経てアラビア語が流暢になっていくのですが、まさにその様子を動画で見ることができます。
一番驚いたのは、最終的に、かなりまとまった長さで流暢に話ができるようになっていることです。
そこで最初に思った素朴な疑問は、スピーキング力はどうやって習得したのか、ということです。
これは動画の中で明示的には述べられていませんが、クラッシェンが「無理してスピーキング練習するのは効率的ではない」と言っていることから、Brown氏もComprehensible Inputでの多聴・多読を通じてアラビア語の言語領域を耕し、インストラクターとの対話を通じて磨いていったのではと推測できます。
そのうえで、改めてこの動画をもう一度、見てみて思ったのが、基本はやっぱり
大量の「Comprehensible input」と「生のインターアクション」のセット
である、と。
そして、それをより意味あるものに昇華させ、習得を加速するのが、本人のモチベーションと自律性である、ということです。
つまり、【相手の意図や文脈が理解できる】インプットを浴びる⇒ 吸収・習得が進んでいき、対話を通じて徐々に自然に話せるようになってくる、という。・・・たとえ明確な「スピーキング練習」がなくても。
これは言い換えると、発話量が極端に少ない初期段階でも、相手の意図や文脈が理解できるインプットに浸って《意味を察し続けること》によって、学んでいる、話す準備をし続けているということかもしれません。
うまく言えませんが、新たな空間にその言語世界の自分の輪郭がだんだんできあがってきて、聞きながらイメージトレーニングをし始めて、やがて熱を帯びて自然に外に飛び出していく、ような感じでしょうか・・・。
まとめ
いずれにしても、いろいろと授業というか学び方を見つめ直す、とてもいいきっかけになりました。
そのほかにも、動画の中には、TPR、TPRSや、Language Exchangeの有効活用、そしてMP3レコーダー/プレーヤーとしてのスマホの活用(レッスンを録音して、車の中や寝る前に何度も聴き直す、ウォームアップとして絵本の朗読を聴くなど)等、盛りだくさんの内容です。
57分と、長いですが、とても興味深いドキュメンタリーだと思います。
そして、「学び方」を知ることは本当におもしろい!!
じゃ、またーー。